人々の所得水準が職業と係わることは明らかである。相手が公認会計士であったり、大企業の課長であったりすれば、まずは、結構な生活を送っているであろうと推察できる。逆に相手の職業を知ったことによって、子供でも多かったら生活は大変かもしれないなどと、余分な心配をしてしまう場合もありそうだ。しかし後からみるように、職業と所得との関連は一律的ではない。こと焦点を中間階層においた場合は、年齢や学歴や能力などに関する本人の属性、ならびに勤務先の規模や業態などの方が、職業そのものよりも深く係わりをもっているようである。職業と社会的資源との関連においては、収入よりも、むしろ学歴や威信などの方が、より相関が高いようである。
就業の条件として大学卒業が前提になっている職業は沢山ある。
一般に高度の知的訓練を必要とする専門職とか、高度の判断力や間題解決力を必要とする管理職などは、どうしても高学歴者によって占有されることになる。近年では、学歴の差は大卒であるか高卒であるかという教育程度の違いにとどまらず、特定の一流大学出身者とそうでないものとの違いが問題になったりする。大企業が求人に当たって採用する指定校制などはその現実型であるが、その問題はここでは措くとしよう。
旧制高校、高専、短大、大学の卒業者を高学歴者とした場合、表1にみるごとく、職業別の高学歴者構成比率は随分と異なる。個別職業40について、高等教育修了者比率の調査結果が記載されている。医師は100%高等教育修了者であり、大学教授(98%)、裁判官(94%)、薬剤士(89%)、小中学校の校長や教諭(ともに79%)、新聞記者(73%)、機械工業技術者(70%)などの職業において、高等教育修了者の比率が高くなっている。一方この比率がきわめて低い職業もあるが、これは、それら職業の遂行にあたっては学校教育を通じての知識と技術を多く必要としないことを物語るわけである。
職業はまた人びとの社会的威信に関与する。ここで社会的威信とは、名誉、名声、権威、威光といったものが込みになった概念である。高度の判断力を発揮し、困難な役割を成し遂げたようなときに、人びとは高い社会的威信を体験するが、職業は社会的威信を規定する大きなファクターとして機能する。
生活様式を規定する職業
広く生活様式といったものが職業によって異なることも事実のようである。ホワイトカラーとブルーカラーという用語が、サラリーマンのうち、自いワイシャツを着てネクタイと背広を着用する事務職員と、作業服で仕事をする労務職との違いに由来する点は周知のことである。
これは一つの際立ったサンプルであるが、このような服飾面をふくめて、いわゆる生活スタイルなるものは、職業によって、細かいところに違いが生じてきているようである。万年筆一本を選ぶのに3冊の関連する図書を購入するような人がいる。いったいどんな職業かと問えば大学の教員だという。
デパートに行くとまずは靴売場に足をむけ、軽くて底が頑丈なのはないかと物色する人はと問えば、全国で契約高がベストテンにも入らんとする成績をあげている保険外交員だという。身につけるものの一つが、そのゆえに購買行動の型が、このように職業によって異なるわけである当然に、社会意識や政治観などは職業によって差が出てこようし、パーソナリティなども職業生活によって規定される面が多いだろう。仕事のしぶりから、仕事意識や余暇観についても、職業ごとに違いをみせるようである。たとえば労働と余暇との関連についても、定常的業務に従事している事務職や非熟練の筋肉労働者などは、両者を対立的に認識し、そうふる舞うという。自律性の範囲が狭くて能力も十分に発揮できない場合、仕事には敵対的になり、その分だけ余暇で思いきり発散することになる。いっぽう仕事にたいして満足度が高い職業人、たとえば成功しているビジネスマン、医師、教師、一部の熟練者、そしてソーシャルワーカーなどは、労働と余暇とを相互補完的なものとして生活の中に位置づけているというわけである。
