職業にみる有利と不利
職業にみる有利と不利

金銭の稼得面で優位にあり、生涯を通じて安定的に高額所得が得られているとしたら、まずは恵まれた職業に就いていると認められよう。金銭がもつ意義、その果たす効用はとにかく大きい。生活の安定と豊かな日常生活は、精神的なゆとりをつくりだす。

芸術鑑賞や海外旅行、それに趣味や余技を通じて識見が高まり、人間的素養を一層充実させることができる。さまざまな催事。会合・クラブヘの参加を通じて交友関係が広まり、知名度も高まり、社会的な影響力を増す。ばあいによったら、金で他人をうごかし、圧力を及ぼすことだってできるのである。それに資本主義社会において金銭は、成功の尺度としての性格をもっており、高い能力の発揮を通じて成果をあげたという実証としての意味がある。

しかし収入が多いことを通じて、単に経済的地位のみならず、社会的、政治的、ならびに文化的地位までも高めうるだけの高額所得を獲得しうるチャンスは、誰にでも開かれているわけではあるまい。

ごく少数の人、特定の人に限られよう。通常の職業活動によって経済的、関係的、文化的なすべての社会資源を高水準で手中に収めうる職業となると、ごく稀である。

それに職業の中には、金銭によって買えないものがある。さし当り高級官僚、裁判官、検事、弁護士、芸術家、一流大学の教員、医師などは専門性が高い職業であり、その地位を金銭で買収することはできない。つまり職業の値うちというものは、金銭的稼得力の大きさですべてがきまるわけではなまた社会的資源の効果的な獲得という点からみると、それなりに有利な職というものがあるように思う。たとえば、経済的資源については事業家や大企業経営者、社会的影響力については政治家や役人、知名度についてはタレントや作家、専門的知識や技術という点では学者や研究者、他人から感謝されるという点では医者や教師という具合である。これらの職業は、それぞれの社会的資源ごとに獲得のチャンスが大きいわけであり、別種の社会的資源を獲得するチャンスの大小を支配するところまではいかない。警察官や消防職員は、危険に直面する度合が高い割には、名誉や名声という面で報われることが少ない。また看護婦や福祉事務員は、人々から感謝されるわりには収入面で報われることが少ないかもしれない。その意味では、これら職業は不利な職業と言えないこともない。政治家には、いつの間にか高額収入につながる余得が多いようであり、有利な職業という面があるかもしれない。

なりたい職業―旧中間層職業

人は誰も、できるだけ有利な職業に就くことを希望する。いわば経済的。関係的・文化的な三種類の社会的資源が高水準で得られる職業を求めることになる。総じていえば、高級官僚、閣僚級代議士、大企業の経営者、裁判官、検事、一流大学教授、そして医師、建築家、弁護士などに、その思いを仮託することになるのであろうか。ある調査が、「もしかりに人生をはじめからやりなおすことができたら、あなたはどんな職業にならついてもよいと思いますか」と設問したことがある。自分の現在の年齢、適性、家庭の事情などとは無関係に、とにかく「やってみたい職業」は何かと問われるなら、やはり、三種類の社会的資源を高水準で同時的に獲得しうる可能性を頭の中におくのではなかろうか。

当初の予想とは違って、小売店主や農家の主人(一町歩くらい)が高順位に挙げられている。

当然ながら人々は、自分の現在の年齢、適性、家庭の事情などを考えたうえで「現実的なやりたい職業」を選ぶことになるが、その結果をまた表5でみてみよう。すると小売店主、会社の社長(10人くらいの)、牧場主、町工場の工場主(10人くらいの)、一級建築士、飲食店主、 機械工場の技師、農家の主人が上位八位までである。なんと、無条件にやりたい職業の上位とほとんど重なっている。

従来、社会的威信が高いとされていた職業である医者(50位中38位)、弁護士(24位)、大学教授(37位)、大蔵省の課長(34位)、宗教家(47位)などは、やりたい職業としては低順位である。これは、現代における職業観の一端をよく示すと同時に、中流意識が広く浸透している様もまたうかがえるようだ。

つまり、人々が「現実的にやりたい職業」には、つぎのような二大特性が備わっているように思えるのである。

①仕事の場として、大組織よりは中小レベルの企業体が想定されている。

②被雇用者としての従属的地位よりは、自営業的な地位への期待が大きい。

機械工場の技師は、他の調査で「子どもに就かせたい職業」のトップに位置してお‐ヶ、 一級建築士や町工場の工場主への願望が強いことと併せて、「腕に覚えがある」ならば臆することは何もないし、一本立ちできるのだという職業意識がうかがえるようである。

現代のホワイトカラーに代表される新中間層にたいし、自営業主や自作農は旧中間層といわれた。

こんにち多くの人々の職業観を支えているのは、いうところの中流意識のように思える。だがその底流にあるのは、旧中間層への憧れなのだろうか。

職業上の資格要件

現代社会にあって有限なのは、エネルギーや食糧といった天然資源のみではない。広く物財といわれ、財貨といわれるものすべては、明らかに有限である。それでは関係的資源や文化的資源についてはどうであるか。幸いなことに物財的資源ほどではなさそうだが、それでも個々人にとっては、それぞれに有限な存在である。たとえば文化的資源に関連して学歴というのを取り上げるなら、いわゆる有名一流大学の卒業証書は、発行数に限りがある。高度の専門的知識と技術を修得する面からみても、個人にとって幾多の障壁が存在するはずである。就職にあたって人々が最初に考えるのは、どんな職業に就くことによって有限な社会的資源獲得のチャンスが増えるであろうか、といったことであろう。さまざまな社会的資源を獲得するうえで、それなりに有利な職業があるはずなのである。

しかしながら、その職業そのものがまた有限なのである。代議士、裁判官のポストをはじめ、官僚、市役所職員、教員、警察官などおよそ公の職業的地位は、すべて法制上の定員限定がある。むろんポスト数や定員数の限度は、公的職業に限らない。民間職のばあいについても同様である。かくしてそこに、職業獲得競争がおこる。

定員がないばあいは、資格基準という限度がある。弁護士、公務員上級職、医師、公認会計士などはすべて高倍率の資格試験にパスすることが就業の条件である。わが国は「学歴社会」としての性格が強く、職業上の知識や能力にかかわる資格は、ややもすると副次的に考えられてきた。これは職業というものを、会社員、特にホワイトカラーに視点をすえて捉える傾向が根強いこととも関連しよう。しかしサラリーマンの世界でも、公務員のばあいは、資格の有無とその種類によって任用と処遇が支配される。そして、自営業の世界にも、資格がないとできない職業が沢山ある。

総じて職業上の資格取得の必要性は、民間企業雇用者のばあいをふくめて高まっている。「職業の社会化」が進展していることに係るが、とにかく今日では、国家試験の種類は人○○種類に及ぶ。

「80年代に活用を目指して取得しておきたい国家試験」に関する日本マンパワーの調査によると、

①弁護士、②公認会計士、③技術士、④中小企業診断士、⑤税理士、⑥ 一級建築士、⑦情報処理技術者、③電気主任技術者、⑨通訳案内業、⑩弁理士、がベストテンである。以下、社会保険労務士、不動産鑑定士などと続くのであるが、いずれも、いわゆる「大型資格」であって取得はそう容易でない。

資格取得が、つねに報われるとも限らない。しかし社員の資格取得を奨励しまた義務づけるという企業もふえ、直接間接に援助をし、取得者には昇給や特別手当で報いている。昇給で報いたり、特別手当を支給したりする会社もふえてくる。わが国でも、「資格社会」の色合は濃くなってきているようである。

職業の評価

将棋の棋士は、31歳の誕生日までに四段にならないと、プロの世界から放逐される。

小学生の頃からこの道一筋の精進を重ねてきて、ついに四段の壁を破れず、規程に従ってプロ棋士の(職業的)世界から足を洗う破目になったケースがドキュメント風にテレビで放映され、その厳しさに身のひきしまる思いをしたことがある。アイススケートの世界的名ランナーが、競輪選手をめざしてハードトレーニングに耐えている姿もまた、テレビの画像でみた。

職業の世界は、いずこも大変である。より有利な職業を求めて、激しい競争がおこなわれているわけである。職業のそれぞれの世界で一流になった人は、そこでの厳しい試練に打ちかった人々なのだと思う。

少しでも有利な職業に就こうとするのが人の常であるが、どんな面での有利さを求めるかは、人によって異なる。ひと口に「よい職業」といっても、その基準は、今はきわめて多様化してきているからである。それにしても一般的な評価基準とか、あるいは評価要素はあるだろう。それはどんなものか。

通常よくなされるのは、「望ましい職業の特性」をくらべることである。どんな特性を抽出するかについても議論は分かれるところであるが、表6はこれに関する一つのサンプルである。

非熟練をのぞき「自分の能力が思いきり発揮できる」ことが最重要視されている。しかしその度合は職業によって異なり、専門では人4.7%の高率になっている。この数値があまりに高い分だけ、他の要素が相対的に軽視されることになっている。しかし、他の職業群ではそうでもない。二番目に重視されるのは「高い収入が得られる」ことであり、二番目には「失業の恐れがない」こと、四番目には「仲間と楽しくすごせる」ことが選ばれている。

ついでは、職業威信を評定するさいに使用される基準に着目し、職業のどんな面が重視されるかが考察される。1975年のSSM調査では、十の評定基準を示し、職業の威信度合を評定するさいにこれらをどの程度重視したかを訊ねた。その結果は表7に示すとおりであるが、「責任の大きさ」を最も重視しており、「非常に」と「やや」を合わせると82%になる。ついで「技能の高さ」(同79%)である。

なるほど威信という点からは、責任の大きさや技能の高さ、そして社会にたいする貢献や世間からの尊敬などは、よい職業が備えているべき要件であろう。しかし人々が実際に就業する職業ということになれば、また別のファクターが働く。この点については、すでに述べたところであり、人々はむしろ現実的な面から職業を考えることになる。威信が高いとみなされている職業は、資格取得の困難性をふくめて、それだけ職業競争が激しいからである。それに望ましい職業の要件は、これらとは別のところにあるようだ。