「ケースワーク」や「ソーシャルワーク」は北米から導入された外来語である。たとえば、他の外来語として、「アイスクリーム」や「バター」がある。外国からその品物が日本にもたらされたとき、外国語の発音に似せてカタカナで表示された。ただし、ケースワークやソーシャルワークは、 アイスクリームやバターのように日で見て手で触れることができる物ではなく、専門知識、技術、価値観といった目に見えないものである。手にとって見ることができない「ケースワーク」や「ソーシャルワーク」が、日本に紹介されたときには、各種の混乱があったと考えられる。
他の外来語の例として、米国から導入されたスポーツ文化の1つである「ベースボール」がある。ベースボールには、広い野原で行う球技を意味するのであろうか、「野球」という漢字があてられた。それは日本に導入され、あたかも以前から存在していたかのように、日本に広く行きわたっている外来文化の1つである。ただし、導入された当初、日本の中に普及していく過程で、「軟式野球」のような変容を受けたこともあった。
ソーシャルワーク(Social Work)は、 その英語が日本語に翻訳された始めの頃には「社会事業」と呼ばれたことがあった。現在、すなわち社会福祉士および介護福祉士法が成立して以降は、ソーシャルワークは「社会福祉実践」や「社会福祉援助技術」という言葉で呼ばれる。一方、 ソーシャルワーカー(Social Worker)を、日本の国家資格の1つである「社会福祉士」として考える場合もある。しかし、北米の中でソーシャルワークが発展してきた過程と、日本において社会福祉実践、社会福祉制度、社会福祉関連国家資格が整ってきた経緯は異なっていることは、理解しておかねばならない。
北米で発展したソーシャルワークの特徴
北米におけるソーシャルワークは、 1900年代初頭にその萌芽がみられる。その当時、米国ヘヨーロッパからの膨大な移民が怒濤のように押し寄せていた。言葉や文化、考え方の違う人々が新天地を求めて集まってきたのである。その当時の米国合衆国は、社会福祉制度が十分に整っていたわけではなく、移民の人たちに生活困窮や各種の問題が発生した。その問題に対処するため、英国において始まっていた民間の慈善組織協会(Chatty Organization Society: COS)の形態が、 米国においても取り入れられ広まった。そこでは、友愛訪問員(Friendly visitor)が活動を行った。
米国における友愛訪問員は、お金や物による救済のみならず友愛(Friendliness)そのものを手段とし、地域に出かけ訪間活動を通して、各種の問題に対処した。こうした友愛訪問員たちを集め、専門家として養成しようとしたのが、 メアリー・リッチモンド(1861~ 1928年)である。彼女は、お金や物を提供する援助方法に対し、「友愛」を基本とする援助技法を「ケースワーク(Case work)」と呼び、『ソーシャルケースワークとは何か』(1922年)を著した。
その本の中で、彼女はケースワークの基本として、「心」への働きかけと「環境」への働きかけについて述べている。その後、人間への普遍的価値観に基づいた援助方法と技術が「ケースワーク」の専門性として発展し、その方法と技術を身につけた専門家が「ケースワーカー」と呼ばれることになった。
日本の社会福祉実践の特徴
日本では、ケースワークは早いうちから紹介されたが、一般には浸透しなかった。
第二次世界大戦後に、福祉六法体制(生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法)の確立の中で、「ケースワーカー」や「児童福祉司」等が職名として取り入られる。同時に、社会福祉事業法において、社会福祉主事の位置づけが明記され、基本的には法律に決められた役割と権限の下に、法律を適用しさまざまな措置を実施することを職務とするとして位置づけられた。つまり、北米においては、人間への普遍的価値観に基づいて援助を行う専門家として発達してきたソーシャルワーカーは、日本では、法律の下で規定された行政職としての職務として位置づけられるという1つの相違がある。
たとえば「生活困窮者」を考えてみよう。日本のケースワーカーは生活保護受給者を、生活保護法に定められた標準化された基準で選ぶ。たとえば、単身の高齢者の住む部屋に、暑い夏に冷房を付けることがその基準から外れる場合、社会福祉機関職員としてのケースワーカーは冷房の設置を許すことはできない。ところが、ケースワーカーが、一人ひとりの人間のあり方とその尊厳を尊重する個別化を基本的価値観とする「ソーシャルワーク」を実践しようとすると、生活保護法の標準的適用という業務と援助専門家としての立場との矛盾に悩むことになる。
北米におけるソーシャルワークの新たな発展
北米においては、1970年代以降、従来からのケースワーク、 グループワーク、 コミュニイティ・オーガニゼーションという特定の機能に注目する「スペシフィック」な考え方から、ソーシャルワークという総称的すなわち「ジェネリック」な捉え方への大きな転換がなされてきている。北米では、すでにケースワーク、ケースワーカーといった言葉は使用されなくなっている。
しかし、日本では1960年代に従来のケースワーク、 グループワーク、 コミュニティ・オーガニゼーションという概念が導入され、そのスペシフィックな体系が現在もなお社会福祉援助体系の枠組みとなっている。日本でよく知られているF.J.バイステックのケースワーク原則に関する本は、1958年に出版されたものであり、ジェネリックなソーシャルワークの考え方が台頭するずっと以前のものである。
現在、日本においては、1990年代に入り、社会福祉専門家として社会福祉士や精神保健福祉士が国家資格として整備されてきた。
その特徴は、社会福祉分野、精神保健分野という分野ごとの資格であり、資格法に基づく資格である。その職務は各種の法律や制度に位置づけられたものである。一方、北米のソーシャルワーカーは資格法に基づく資格ではなく、 社会福祉系大学を卒業した者(B.S.W.)またはスクール・オブ・ソーシャルワーク(社会福祉系大学院)等で修士号(M.S.W.)ないし博士号(Ph.D.またはD.S.W.)を取得し、その専門知識、専門技術と専門的価値観を身につけた者をソーシャルワーカーと称する。
日本のソーシャルワークの今後の発展
日本における社会福祉実践活動は、社会福祉事務所や児童相談所といった措置機関における実践や、措置機関から措置を受託する各種社会福祉施設における実践活動として位置づけられることが多い。つまり、社会福祉法の枠の中の公的な社会福祉実践活動を意味することが多い。しかし他方、福祉制度や国家資格の枠の中にない、一般病院における医療ソーシャルワーカーやボランティア団体のコーディネーター等の活動も、活発に行われてきた。
北米のソーシャルワーカーの活動は、社会福祉法の適用としての実践活動は少なく、社会の中で各種の問題を抱える人々を見出し、人間に対する普遍的な価値観に基づいて援助を行う活動が多い。したがってその実践活動の資金も、日本のような税金や保険制度からの資金ばかりでなく、 ソーシャルワーカーやその民間団体が自ら資金集め活動を行い、たとえば期限付きの補助金や民間からの寄付金を集め(ファンド・ライジング)、集まった資金をもとに活動を維持発展させることが多い。活動対象は多岐にわたり、法律に規定される対象者に制限されるものではない。
日本においては、各種の社会福祉制度が整ってきて、分割された制度の枠の中で、各種の社会福祉専門職が多く活躍している。社会福祉機関や施設で働く福祉関連専門職は、それぞれの枠の中で別個の専門家だと考えられがちであり、また彼ら自身も「社会福祉実践(ソーシャルワーク)を行っている」とか、自らを「社会福祉実践(ソーシャルワーカー)である」と言うことに躊躇することが多い。
今後、入所や所得保障という措置型の社会福祉援助から、福祉実践の場が地域、在宅へと広がり、個々人の人権を強調した内容へと福祉援助が多様化しようとしている。はたして、個別の法律・制度の枠の中での適応や、1つの枠の中の専門家という従来の日本の社会福祉実践方法で対応できるのであろうか。この本の中で、新たに「ソーシャルワーク」を考えてみよう。
